Uものとの付き合い方が、ようやく落ち着いてきた気がします。ここに至るまでの道のりを、少しだけ振り返ってみます。
ものに埋もれて育った子ども時代
私が育った実家は、いわゆる「汚部屋」でした。
使わないものが床に積み重なり、テーブルの上はいつも何かで埋まっていて、友達を家に呼ぶことができませんでした。
当時はそれが「普通」だと思っていました。でも、友達の家に遊びに行くたびに、どこか居心地の良さの違いを感じていたのだと思います。片付いた部屋の、あの空気の軽さ。子どもながらに、ぼんやりと憧れていました。
「大人になったら、すっきりした部屋に住みたい。」
それが、ものとの関係を考え始めた原点だったのかもしれません。
一人暮らしで「超絶ミニマリスト」になった
実家を出て、一人暮らしを始めたとき。
反動のように、ものを持たない暮らしにのめり込みました。
必要最低限のもの以外は持たない。新しいものを買ったら、必ず何かを手放す。部屋にはテーブルひとつと、最低限の衣類だけ。
ガランとした部屋を眺めて、「これでいい」と思っていました。実家の反動で、とにかく何もない空間が正義だと信じていたのだと思います。
実際、身軽でした。掃除も楽で、探しものもない。頭の中もすっきりしている感覚がありました。
でも今振り返ると、あれは「心地よさ」ではなく、「安心感」だったのかもしれません。ものが増えることへの恐怖から、ひたすら減らし続けていただけだったように思います。
出産が変えた「何もない暮らし」への違和感
転機は、子どもが生まれたことでした。
赤ちゃんとの暮らしには、ものが必要です。おむつ、着替え、タオル、おもちゃ。どうしても部屋にものが増えていきます。
最初はそれが苦しくて仕方ありませんでした。散らかる部屋にイライラして、子どもが寝た隙に片付けて、また散らかされて。
ある日、ふと気づいたのです。
「何もない部屋」を守ることに必死になって、目の前にいる小さな存在との時間を楽しめていないことに。
ミニマリストであることが目的になっていた。ものを減らすことが、暮らしを豊かにするための手段だったはずなのに、いつの間にか減らすこと自体がゴールになっていました。
風水との出会い — 「心地よいものだけを選ぶ」へ
そんな頃に出会ったのが、風水の考え方でした。
風水というと「西に黄色で金運アップ」のようなイメージを持たれるかもしれません。私も最初はそうでした。
でも、学んでいくうちに気づいたのは、風水の本質は「空間のエネルギーを整えること」だということ。
大切なのは、ものの量ではなく、ものとの関係性。
自分が本当に心地よいと感じるものを、きちんと選んで、大切に使う。不要なものは手放すけれど、好きなものまで無理に減らす必要はない。
この考え方に触れたとき、肩の力がすとんと抜けました。
「減らす」から「選ぶ」へ。
それだけで、暮らしの景色がまったく変わりました。
今の暮らし — 心地よいものだけに包まれて
今の私の部屋は、ミニマリスト時代のような何もない空間ではありません。
お気に入りのカップがキッチンに並んでいます。子どもの作品が壁に飾ってあります。保護猫がくつろぐお気に入りのクッションがあります。
でも、ひとつひとつに「ここにある理由」があります。
着心地のいい服だけをクローゼットに残しました。締め付けない下着を見つけるのに何年もかかりましたが、今はお気に入りのものに出会えています。肌触りのいいタオル、手になじむ道具、目に入るだけで気持ちが穏やかになるもの。
ものの量は、実家よりはずっと少ないけれど、ミニマリスト時代よりは多い。
ちょうどいい。
この「ちょうどいい」にたどり着くまでに、ずいぶん遠回りをしました。
汚部屋もミニマリストも、無駄ではなかった
振り返ると、どの時期も必要な通過点だったように感じます。
汚部屋の実家で育ったからこそ、「すっきりした空間」への強い憧れが生まれました。ミニマリスト時代に徹底的に減らしたからこそ、本当に大切なものが見えるようになりました。
そして出産と風水が、「減らす」から「選ぶ」へと視点を変えてくれました。
今も完璧ではありません。散らかる日もあります。子どもに「片付けて」と何度も言う日もあります。
でも、以前のように「ものが増えること」に恐怖を感じることはなくなりました。
好きなものに囲まれた暮らしは、やっぱり心地いい。
このブログ「U日和」では、そんな「自分らしい暮らしをデザインする」過程を、これからゆっくり綴っていけたらと思っています。
同じように、ものとの付き合い方に悩んだことのある方に、少しでも届いたらうれしいです。
